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【動画】【音楽】【日常】 Julie London メモ

またまた音楽ネタ

 私がいいな~と思う女性シンガーJulie London。


JULIE LONDON - CRY ME A RIVER



1955年にファーストアルバム(Julie Is Her Name)を出している

そのアルバムの中からシングルカットされたCry Me a Riverがヒットして有名になる。とてもセクシーなハスキーボイス!!




Julie London - Misty


 

この曲は作詞 ジョニー・バーク ( Johnny Burke )作曲 エロル・ガーナー ( Erroll Garner)

この”ミスティ”はジョニー・バーグが1955年にクールジャズのピアニスト”エロール・ガーナー”と組んで作られた曲 1965年当時、35歳だったJulie London



このMistyが収録されているアルバムがアラウンド・ミッドナイト。

収録されている曲は

ラウンド・ミッドナイト

ロンリー・ナイト・イン・パリ

ミスティ

ブラック・コーヒー

ラッシュ・ライフ

朝のひととき

ベッドで煙草は良くないわ

あなたと夜と音楽と

サムシング・クール

ハウ・アバウト・ミー

バット・ノット・フォー・ミー

ザ・パーティーズ・オーヴァー

           (初回限定版)となってる。



Julie London "Black Coffee"


このBlack Coffeeの作詞作曲はPaul Francis Webster, Sonny Burke。

1949年にSarah Vaughan、そして同年 Ella Fitzgeraldもこの曲を歌っている。

1953年にはPeggy Leeによってカバーされ、Julie Londonは1960年にこの曲をカバーした。



I'm feelin' mighty lonesome

Haven't slept a wink

I walk the floor

And watch the door

And in between I drink

Black coffee

Love's a hand-me-down brew

I'll never know a Sunday

In this weekday room



I'm talking to the shadows

Of one o'clock before

And Lord how slow the months ago

When all I do is pour

Black coffee

Since the blues caught my eye

I'm hanging out on the move

My Sunday dreams to dry



Now a man is born to go lovin'

A woman's born to weep and fret

To stay home and tend her oven

And drown her past regrets

In coffee and cigarettes



I'm leavin' on the mornin'

Mournin' all the night

And in between, it's nicotine

And not much heart to fight

Black coffee

Feelin' low as the ground

It's drivin' me crazy

This waitin' for my baby

To maybe come around

To maybe come around

Pour me black coffee

And I'll come around I'm feelin' mighty lonesome

Haven't slept a wink

I walk the floor

And watch the door

And in between I drink

Black coffee

Love's a hand-me-down brew

I'll never know a Sunday

In this weekday room



I'm talking to the shadows

Of one o'clock before

And Lord how slow the months ago

When all I do is pour

Black coffee

Since the blues caught my eye

I'm hanging out on the move

My Sunday dreams to dry



Now a man is born to go lovin'

A woman's born to weep and fret

To stay home and tend her oven

And drown her past regrets

In coffee and cigarettes



I'm leavin' on the mornin'

Mournin' all the night

And in between, it's nicotine

And not much heart to fight

Black coffee

Feelin' low as the ground

It's drivin' me crazy

This waitin' for my baby

To maybe come around

To maybe come around

Pour me black coffee

And I'll come around



Julie London - You'd Be So Nice To Come Home To



『You'd Be So Nice To Come Home To(帰ってくれれば嬉しいわ)』は、日本ではヘレン・メリルの歌唱でよく知られているが、アメリカではジュリー・ロンドン版もヒットした。



Julie London - The End of The World (1963)



邦題では「この世の果てまで」となっているこの曲は1962年 スキーター・ディビスのオリジナル曲だ。1963年 ジュリー・ロンドンによってカバー、さらには1973年にはカーペンターズ、1998年にはハーマンハーミッツらがカバーしている。





JULIE LONDON IN JAPAN






アメリカはCAのサンタクララで1926年に誕生。

幼い頃から両親がヴォードヴィルの歌と踊りのチームでラジオ番組ももっていたので彼女も子供の頃から出演したりしていたみたい。芸能一家だったんだね~



1944年に女優としてデビューしたけど花が咲かず 1950年代になってシンガーに転向

シンガーになってからの彼女は1950~1960年代とても活躍している。



シンガーソングライターのBobby Troupの指導をうけてジャズシンガーとしての力をつけていった。 因みにBobby Troupとはその後、結婚している





見た目も美しいJulie London その美しさとはちょっと想像できないようなハスキーでセクシーな声の持ち主です。



2000年10月18日に心臓病のため、74歳で死去。

お酒が大好きだったので原因はそのためとされている。



Julie London Database

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